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他人の不幸を喜ぶ気持ち“シャーデンフロイデ”の考察

他人の不幸を喜ぶ気持ち“シャーデンフロイデ”の考察 対人関係/社会的立場
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──人の不幸が蜜の味? その感情の正体

コサツくん
コサツくん

こんにちは、コサツくんです。

誰かが失敗したとき、成功していた人が転落したとき──

ふと感じてしまう「ちょっとスカッとした」「ざまあみろ」的な気持ち。

口には出さずとも、心のどこかでそんな感情が芽生えてしまった経験、誰にでもあるのではないだろうか。

それは「シャーデンフロイデ(Schadenfreude)」と呼ばれる心理現象。

ドイツ語で「他人の不幸を喜ぶ気持ち」を意味する言葉だ。

今回は、この“ドロッとした感情”の背景にある人間心理を、やさしく、そしてリアルにひもといていく。

なぜ「他人の不幸」にホッとしてしまうのか?

人の不幸に対して「いい気味だ」と感じてしまうとき、そこには多くの場合“自分との比較”がある。

  • 自分より上に見えた人が、つまずいた
  • うまくいっている人が、失敗した
  • 何も苦労してなさそうな人に、試練が訪れた

そんなとき、私たちは無意識に「自分が劣っているわけじゃなかったんだ」と、安心してしまう。

つまりシャーデンフロイデとは、自分の自尊心を守るための無意識な防衛反応とも言える。

優越感と劣等感のはざまで

この感情は、自分に劣等感を抱いているときほど強く出やすい。

  • 頑張っても報われない自分
  • 周囲に認められない自分
  • 成功者を遠くに感じている自分

そんな“自分へのもどかしさ”が蓄積していくと、他人の転落を「公平だ」と感じてしまう。

しかし、そこにあるのは本当の優越感ではなく、一瞬だけホッとできる仮初めの安心感にすぎない。

SNS時代がこの感情を加速させる

SNSでは、他人の成功・リア充・キラキラした日常が可視化されやすい。

それゆえに、「どうせ裏では…」「調子に乗ってると落ちるよ」といったネガティブな感情を抱いてしまいやすくなる。

しかも、炎上やスキャンダルが起きたとき、ネット上で“叩き”が盛り上がるのもこの感情の表れ。

見ず知らずの他人なのに、「あの人、落ちてよかった」と思ってしまうのは、人間の心理として実は自然な反応でもある。

この感情とどう付き合えばいい?

まず大切なのは、「そんな感情を抱く自分は最低だ」と否定しすぎないこと。

人間には誰しも、競争本能と劣等感がある。

それを認めたうえで、自分自身の“満たされなさ”に目を向けることが大切だ。

なぜ、その人の不幸にホッとしたのか?

その人のどこが、自分には足りないと感じたのか?

そう問いかけてみることで、**本当に見つめるべき“心の欠け”**が浮かび上がってくる。

まとめ:ドロっとした感情の裏には、「自分を守りたい心」がある

“シャーデンフロイデ”は、決して美しい感情ではない。

でも、それを抱くこと自体が「悪」なのではなく、それをどう扱うかが大切なのだ。

自分を否定しないで、静かにその感情を受け止める。

そして、自分の内側を満たすことに少しずつ意識を向けていく。

それが、他人の幸不幸に振り回されずに生きるための第一歩なのかもしれない。

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